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日本経済再生の鍵となるか?データ連携による最適化が実現する豊かな未来予想図。

トピックス 2022.06.10 日本経済再生の鍵となるか?データ連携による最適化が実現する豊かな未来予想図。

セキュリティ通信では、Web・IT業界をリードするスペシャリストの方々にインタビューを行っています。

6回目となる今回は「Secure Computing(秘密計算)」を中心としたデータ利活用サービスを展開するEAGLYS株式会社(イーグリス)代表取締役の今林広樹さんからお話をお伺いしました。

デジタルトランスフォーメーションをはじめとして、企業のデジタル化が加速する一方で、世界的に個人情報に関するデータの取り扱いが厳格化しています。

このような状況下で、EAGLYS株式会社は「あらゆるデータを安全に活用し、価値に変える」というミッションを掲げ、創業以来、データ利活用とAI解析の研究を戦略的に推進してきました。

今林さんのインタビューは全3回にわたってお送りします。3回目の今回は、AI画像解析との連携、物流及び医療における活用事例や将来の展望などについてじっくりとご教授いただきました。

サプライチェーンから医療まで。企業間のデータ連携があらゆる課題を解決に導く。

サプライチェーンから医療まで。企業間のデータ連携があらゆる課題を解決に導く。

セキュリティ通信:
将来的に「秘密計算」の技術は社会でどのように利用されるのでしょうか。

今林さん:
例えば、サプライチェーンでは、メーカーなど製造を担う上流、卸・商社などの中流、小売などの下流という商流があります。

下流で得られた「何の商品をどういう属性にいくつ買われたか」という購買履歴のデータをメーカーが得ることで、マーケットを的確に把握できます。

XXエリアではXX需要があるという予算と購買履歴としての実績との「予実ギャップ」を把握することで、従来よりも精度の高い需要予測や配送・生産計画を立てることが可能になるでしょう。

データ流通が難しかった分野にも秘密計算の技術は生かされるのか

さらに、廃棄ロスの低減や配送・在庫効率化、物流のコスト削減、環境負荷の低減なども実現します。

セキュリティ通信:
金融や医療などデータ流通が難しかった分野にも秘密計算の技術は生かされるのでしょうか?

今林さん:
医療分野では、セキュリティ上の問題から生データをやり取りすることは不可能でしたが、暗号化することでデータ連携もできます。

暗号化されたデータであれば、相手に分析されたくない情報は見せない状態で、粒度が細かく質の高い情報を受け渡しすることも可能です。

将来的に、例えば、様々な生活習慣病やがんの症例などそれぞれの患者のデータを医療域間をまたいで共有し分析することで、発症リスクの精緻化や症例の相関性を検証することができるので、今までになかったような医療診断の正確性や医療・保険サービス等をもたらすことになるでしょう。

正確・ロバストなAI解析と「秘密計算」の連携が新たな価値を創造する。

正確・ロバストなAI解析と「秘密計算」の連携が新たな価値を創造する。

セキュリティ通信:
御社のAI関連の事業、例えば画像解析に関しても秘密計算の技術は活用されているのですか?

今林さん:
AIによる画像解析では、物流センターなどで次々と流れてくる商品が、例えば「硬めの歯ブラシ」なのか「柔らかめの歯ブラシ」なのか、など非常に小さな差分も見分けることができます。

弊社では、物流センターにおいて実用できる、商品数レベルでも画像認識で商品識別できる独自のAIアルゴリズムをゼロベースで設計・開発しました。

AI画像解析のデータを秘密計算によって暗号化することで、他の倉庫でもAIを共同利用すれば、Day1からAIモデルも活用できるようになり、再度学習する期間・制約やゼロからシステムを構築するコスト・期間を省くことにつながるでしょう。

セキュリティ通信:
物流以外の分野でAI画像解析と秘密計算の技術を活用している事例があれば教えてください。

今林さん:
先ほどお話しした医療分野では、地域医療格差の低減や診断精度向上の面でAIに対するニーズが高まっています。

その一方で、AIに活用する症例データ不足や、患者プライバシーの取り扱い、機密性の高いデータをやり取りするためセキュリティに対する懸念があります。

AI画像解析と秘密計算の技術を活用している事例

しかし、「秘密計算」技術を活用すれば、機密性の高い診療データを暗号化し、秘匿したままクラウド上でAI解析を実施できます。

データやアルゴリズムの漏洩リスクを軽減しながらAIによる診断支援に取り組むことができるでしょう。

実際に、医療機関で取得される患者データをプライバシー保護して収集しながら、クラウド環境でセキュアに生活習慣病診断AIを運用することで、効率的な診断サービスを実現していく事例を進めています。

最後に立ちはだかる法律の壁。法改正を経てデータ活用のポテンシャルを解放したい。

最後に立ちはだかる法律の壁。法改正を経てデータ活用のポテンシャルを解放したい。

セキュリティ通信:
御社はJR東日本とともに「Suica」のデータ分析と検証を進めているそうですが、具体的な内容について教えてください。

今林さん:
交通領域では、移動・乗降データや購買データは個人情報と密接な関係があるので、プライバシーや情報漏洩に対する懸念が大きく、データ連携・活用が進みにくいという特徴がありました。

しかし、「秘密計算」では暗号化した状態でデータを処理できるので、データの安全性を最高レベルに高め流出を防ぎつつ、関連する企業がデータの中身を見ることなく処理できます。

複数の組織間で外部に開示できないデータを集約したデータ連携及び活用が実現するでしょう。

セキュリティ通信:
現在、暗号化されたデータの受け渡しは可能なのですか?

現在、暗号化されたデータの受け渡しは可能なのか

今林さん:
残念ながら、現在の法律では、暗号化しても個人情報は個人情報とみなされるため、許可範囲を超えて自由に第三者提供・活用できません。

もちろん「秘密計算」を活用すれば、鍵は常時分離しているので完全な匿名性と高いセキュリティを保持しているのですが、法的には明示的に認められておらず、法改正にも数年かかります。

そういった意味で、「秘密計算」が本来の技術革新を社会にもたらすためには法律の改正が今後の大きな課題と言えるでしょう。

「資金調達」と同じ感覚で「データ調達」が可能になれば日本経済は再生する。

「資金調達」と同じ感覚で「データ調達」が可能になれば日本経済は再生する。

セキュリティ通信:
全国の99.7%を占める中小及びベンチャー企業において「秘密計算」を浸透させるための秘策などあれば教えてください。

今林さん:
お金を調達するのと同じようにデータの調達が可能になれば、中小企業にとっても大きなチャンスが生まれるのではないでしょうか。

例えば、「AI健康診断」の実現を目指すベンチャー企業の場合、自治体や保険会社が保有する健康診断データ、医療機関が保有する電子カルテや血液診断等の健診結果など多くのデータが必要です。

資金調達手段が広がっているように、データへの簡易的なアクセスを仕組み化し「データのオープンイノベーション」を実現することによって、データ連携の血栓がなくなり血が巡るように企業間のデータ連携がスムーズになると、事業立ち上げも加速しサービス実現性も高まります。そのためには、データ連携は不可逆的かつ継続的であることから、データの安全性と秘匿性の持続的な確保は避けては通れない話になります。そこに秘密計算がMustでフィットすると考えています。

中小やベンチャーが金融や医療などの分野へ進出するチャンスは生まれるのか

セキュリティ通信:
中小やベンチャーの参入が難しかった金融や医療などの分野へ進出するチャンスが生まれるのでしょうか?

今林さん:
GAFAなど巨大テック企業がシェアを握る領域は、Eコマースやオンライン広告マーケットであり、全体のわずか7%程です。残りの93%は、金融、医療、製造業などリアル産業であり、データ収集・連携により価値創出できる領域は広いです。中小及びベンチャー企業がデータ活用の価値を表現し参入するチャンスは十分にあります。

特に日本はリアル産業が強いため、国策としても、その分野のデータを集合知化し生かせば、日本経済を好転させるような国際競争力を持てるのではないでしょうか。

今までになかったような「ビジネストランスフォーメーション」の鍵となるのがデータ連携であり、「秘密計算」は、データを安全に利活用する社会の実現に貢献すると信じています。

実現したいのはデータやAIが解放され、プライバシーやセキュリティに囚われず自由にアップデートされたサービスにアクセスできる世界。

「秘密計算」によるデータ連携によって、ユーザーの生活が受ける影響

セキュリティ通信:
「秘密計算」によるデータ連携によって、ユーザーの生活はどのような影響を受けるのでしょうか?

今林さん:
企業と比較してユーザーが受ける恩恵は間接的なものが多いので実感しにくいかもしれません。

先ほど申し上げたように、医療分野におけるデータ連携が可能になれば、電子カルテのやり取りによって、検査や診察の負担の軽減につながるでしょう。

PayPayやSuicaなど異なる経済圏のデータをクロスでつなぎマーケティングすることで、ユーザーにとって本当に役に立つ情報アクセスにつながります。

現在、Webサービスを活用してクレジットカードを登録する際には、SSLで通信がセキュア保護されていることを表す「鍵マーク」が表示されますが、将来的には、データ連携・活用される際に、パーソナライズとして「暗号マーク」が表示されることでユーザーは安心してサービスを利用できる時代がやってくるのではないでしょうか。

「秘密計算」が浸透することで変化する企業の在り方

セキュリティ通信:
今後「秘密計算」が浸透することで企業の在り方も大きく変わっていくのでしょうか?

今林さん:
社内外のデータ連携・データ活用による価値創造活動が、常に経営課題レベルで議論されてくると想像しています。世界観のイメージとして、ESG評価がされ始めているように、企業のBS(貸借対照表)にデータ資産がカウントされるべきと思うこともあります。

セキュリティやプライバシーは非常に重要な一方、それに囚われて本来の自由な商取引やオペレーション効率に障害が出ている現状を打破すべきではないでしょうか。

私自身の経験として、以前データ分析者として働いていた際に、金融データを共有してもらおうと試みましたが、必要なデータを取得するために6カ月待つか、データを保持する企業へ転籍してデータ分析を行うことを勧められました。

なぜデータのために人が動かないといけないのか、なぜ人が行動を制約されていることを許容してしまっているのか、と疑問に思います。セキュリティのために人が非効率に働くのではなく、技術によってデータの安全性を保証しつつ、自由にデータが流れてくることこそが本来の姿だと思います。

秘密計算の技術によって、企業にとってはセキュリティやプライバシーのリスクから解放されて自由にデータ活用やAI分析を行うことができ、それによりアップデートされた良いサービスをユーザーが選択できる社会を実現できればこれほど嬉しいことはありません。

終わりに

今後、「秘密計算」は、社会的に必要不可欠となる

key point

・サプライチェーンにおける「秘密計算」の活用では、上流?下流のデータ連携により、マーケットの需要(予算)と供給量(実績)の「予実ギャップ」を分析できることで、精度の高い需要予測や配送・生産計画を立てることが可能になる。

・医療分野では、パーソナルデータのプライバシーは保護した状態で、詳細な診断データや属性データ等の質の高い情報を収集・一元化し分析できることで、より正確性の高いAI診断サービスを提供できる。

・AI画像解析のデータを秘密計算によって暗号化し、複数工場・倉庫などから集積できれば、Day1からAIモデルも活用できるようになり、再度学習する期間・制約やゼロからシステムを構築するコスト・期間を省くことが可能。

・現在の法律では、暗号化したデータであっても、プライバシーの観点から自由に流通することが難しいため法改正が待たれる。

・「秘密計算」を導入することで、金融、医療、製造業などリアルワールドでのデータ調達や活用がしやすくなり、中小及びベンチャー企業が事業参入したり、データ活用とコラボしたりするチャンスがもたらされる。

いかがでしたでしょうか?

「秘密計算」の技術は、企業のマーケティングのみならず、金融、医療・製造業、官公庁といったデータの流通が困難な分野における活用が期待されています。

今後、データを高度に保護しながら分析、共有を可能にする「秘密計算」は、社会的に必要不可欠となるでしょう。

IT時代の前半戦である20年の間に、Googleはインターネット上のデータを集約し大きなイノベーションを世界にもたらしました。

後半戦となるこれからの20年は「秘密計算」が新たなデータビジネスを生み出し続けるHUBとして、日本経済を好転させ豊かな社会へと導くのではないでしょうか。

intervieweeプロフィール

今林広樹

今林広樹

EAGLYS株式会社(イーグリス)代表取締役 / CEO (Chief Executive Officer)

早稲田大学大学院在籍中、米国でデータサイエンティストとして活動したことを契機に「AI・データ利活用時代」におけるデータセキュリティの社会的重要性を実感する。

 帰国後、科学技術支援機構の戦略的創造研究促進事業(CREST)研究助手を務めながらプライバシー保護ビッグデータ解析の研究に従事。

2016年EAGLYS株式会社を創業、代表取締役社長に就任。

日経新聞にて「AIモンスター」と呼称される。35大学連携情報通信プログラム認定のセキュリティスペシャリスト。

TEXT:セキュリティ通信 編集部
PHOTO:iStock

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