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Web業界に携わる全ての人々に快適な空間を。法的紛争を未然に防ぐ「予防法務」とは。

トピックス 2022.04.29 Web業界に携わる全ての人々に快適な空間を。法的紛争を未然に防ぐ「予防法務」とは。

セキュリティ通信では、Web・IT業界をリードするスペシャリストの方々にインタビューを行っています。

6回目となる今回は、行政書士の玉井秀明さんに「予防法務」という観点からお話をお伺いします。

近年、インターネットの普及や「働き方改革」における副業の推進、新型コロナウイルスの影響により、企業のみならず個人のビジネスツールとして、SNSやホームページ、ECサイトを運営する時代になりました。

その一方で、WebサイトやWebサービスをめぐる法的な論点はますます複雑になり、日本では、民法・電子契約法・個人情報保護法などの関連法規の改正が相次いでいます。

今後、さらなる複雑化・高度化が予測されるWebサイトに関する法律を正しく理解し、遵守することは、Webサイトを運営する全ての人々にとって必須課題となるでしょう。

今回は、Web業界における働き方、ECサイトの運営やSNSマーケティングを行う際の注意点について法的な視点からお伺いします。

スピード勝負のWeb業界。紛争予防に必要なのは、業界と法務に精通した専門家。

「style-shift行政書士事務所」設立に至った動機

セキュリティ通信:
Webマーケティングに従事されてきた玉井先生が「style-shift行政書士事務所」設立に至った動機について教えてください。

玉井先生:
WebマーケティングやWebディレクションを行うなかで、業界全体として法務に大きな課題があると考えたためです。

例えば、契約書を結ばずにプロジェクトが進んでしまったり、大雑把な契約書を結んでいても、いざという時の紛争に対応できない状況を多く目にしてきました。

実務を踏まえた「紛争予防効果」のある契約書を作る難しさ、両方に精通した専門家の不足を痛感したことが「style-shift行政書士事務所」を設立した経緯です。

現場ではどのようなトラブルがあるのか

セキュリティ通信:
技術的な論点やWeb制作の実務を理解した専門家が求められているのですね。現場ではどのようなトラブルがあるのですか?

玉井先生:
Web制作の現場では、非常に早いペースで業務が展開します。

本来は、契約書を交わすべきプロジェクトであっても、スピードを重視するあまり、作業が先行してしまうケースが多いのではないでしょうか。

そのため、最初の予定にはなかった業務の変更や追加などが発生し、納期や支払いに関してトラブルになる事例が多くみられます。

セキュリティ通信:
トラブルを回避するために、制作者と依頼者それぞれの立場で注意点があれば教えてください。

玉井先生:
一般的に、仕事を依頼する場合、業務を遂行することを目的として、時間や工数に応じて報酬が支払われる「委任」と仕事の成果物に対して報酬が発生する「請負」のどちらかになります。

Web制作の現場で「いつまでにサイトを完成させる」という「請負」による仕事では「何をもって完成とするか」「追加作業の支払い金額」を明確にしなければトラブルになりかねません。

制作者と依頼者それぞれの立場での注意点

ですから、制作者は「修正1回の金額」「追加3回までの金額」など最初に提示しておくことをおすすめします。

また、依頼者は「最初からイメージ通りの成果物は得られなくて当然」という前提で「修正は何回まで可能か」を必ず確認し、可能であれば、契約書や仕様書に記載しましょう。

覚書または電子契約の締結を。少しの手間が未来のトラブルを防ぐ。

契約書の作成を言い出しにくい場合の対処方法

セキュリティ通信:
トラブルを未然に防ぐためにも契約書を交わすべきなのですね。こちらがフリーランスで相手が大企業など、契約書の作成を言い出しにくい場合の対処方法があれば教えてください。

玉井先生:
契約は口約束でも成立しますし「契約書」は敷居が高いイメージがあるかもしれません。

しかし、起こりうる可能性がある「言った」「言わない」のトラブルを回避するために、簡単な覚書でも構いませんから作成した方が良いでしょう。

「いつまでに何を納品する」「支払いの減額は認めない」など必要事項を書面に記載し、捺印をもらえるとベストなのですが、スピード勝負のWeb業界で毎回返信用封筒のやり取りで押印をいただくのは現実的ではありません。

ですから、そのような場合には、電子契約サービスが多数ありますので、そちらの使用をおすすめします。

また、契約書の形式での締結が難しい場合でも、見積書を交付して発注書を受け取るなど、書面でのやりとりを行うことが大切です。

企業側がフリーランスの方に仕事を依頼する場合に注意すべきこと

セキュリティ通信:
企業側がフリーランスの方に仕事を依頼する場合に注意すべきことがあれば教えてください。

玉井先生:
プロジェクト単位の仕事では、デザイン、動画、ライティングや広告代理店など、フリーランス・企業が複数でチームを組んで進めることも多いと思います。

企業がチームに対して仕事を依頼する場合は、個々に契約を交わすのではなく、プロジェクトリーダーを専任し、責任の所在を明らかにしましょう。

さらに、連絡手段はLINEだけでなく、最低限の情報として、氏名、住所、電話番号、メールアドレスは把握すべきです。

連絡手段がLINEのみだった場合、アカウントが削除されてしまうと、最悪の場合、全く連絡をとる手段がなくなり、プロジェクト全体が頓挫する可能性もあるので、注意しましょう。

誰でも気軽にスタートできるECサイト。信用を失わないために法的な準備は万全に。

ECサイトを運営する際に気を付けること

セキュリティ通信:
働き方の多様性にともなって今までになかった問題が生じているのですね。最近は、個人でECサイトを立ち上げる方も増えています。運営する際に気を付けることがあれば教えてください。

玉井先生:
企業、個人に関わらず、ECサイトの運営では「特定商取引法に基づく表記」と「個人情報保護法」の取扱いに注意しましょう。

ECサイトには、運営会社名や店舗運営責任者といった「特定商取引に基づく表記」を必ず掲載しなければいけません。

ShopifyやBASEなどECプラットフォームを利用する場合も「特定商取引」のページなどから忘れずに設定をしてください。

また、個人情報の取扱いに関しても、いくつか定めることが義務とされている項目がありますので、個人情報の方針・指針を定めた「プライバシーポリシー」の公表も必須と考えて良いと思います。

セキュリティ通信:
商品を購入する側が気を付けるポイントはありますか?

玉井先生:
最近「格安で購入したApple製品が偽物で、返品も返金もできなくて困っている」という相談を受けました。

そもそも、一般的に、Apple製品は格安と言われるほどの値崩れはしません。

また、購入価格が1万円だったそうですが、裁判をすれば購入価格以上の金額がかかりますし、内容証明を送付するだけでも1通1000円が必要です。

そう考えると、「購入後」に損害を取り戻すのは難しいのが現状です。

商品を購入する側が気を付けるポイント

後々、泣き寝入りしないためにも、購入前の段階で先程申し上げた「特定商取引法に基づく表記」として義務付けられている「事業者の責任者名」「所在地」「電話番号」などが記載されているかチェックしましょう。

さらに、クレジットカード番号の情報盗用を目的としている場合、通常のECサイトであれば指定するはずの「配送時間」「配送業者」などの項目が抜けているケースもあります。

違和感を感じた場合には、そのまま購入するのではなく安全なサイトかどうかを確認しましょう。

集客に効果的なSNSマーケティング。炎上や誹謗中傷は専門機関に相談を。

SNSマーケティングの注意点

セキュリティ通信:
最近はTwitterやInstagramなどSNSマーケティングが浸透していますが、集客の効果が期待される一方で、誹謗中傷や炎上などのリスクもあります。注意点があれば教えてください。

玉井先生:
全く問題がなくても炎上することはありますが、個人や企業が、明らかに「違法な投稿」をした場合には、一刻も早く謝罪文を掲載し、被害者と和解することをお勧めします。

「違法な投稿」でよくあるのは、名誉毀損・プライバシー権侵害・著作権侵害の3種類。名誉毀損は、民法(不法行為)と刑法(名誉毀損罪)、著作権侵害は著作権法違反に該当します。

裁判では「SNS上で投稿が掲載される限り権利侵害が続いている」とみなされますから、可能な限り速やかに対処しましょう。

誹謗中傷を受けた場合には、どのように対処すれば良いのか

セキュリティ通信:
SNSマーケティングでは「違法な投稿」に該当しないかを慎重に考慮すべきですね。全く非がないにも関わらず誹謗中傷を受けた場合には、どのように対処すれば良いのでしょうか?

玉井先生:
投稿の内容によりますが「公然と事実を摘示し、他人の名誉を傷つけた」場合には、名誉毀損罪(刑法230条)が成立し、投稿の削除要請だけでなく、告訴や民事訴訟による損害賠償請求も可能です。

ただ、いかに「社会的評価を害するような投稿」でも、それが単なる評価であって事実を示していない場合は、名誉毀損は成立しません。

たとえば、「Aさんは2年前に横領をした犯罪者だ」という投稿は事実を示しているので名誉毀損にあたる可能性があります。

一方「Aさんは気持ち悪い」という投稿は具体的な事実を示していないので侮辱罪(刑法第231条)にあたるおそれはありますが名誉毀損は成立しないので注意が必要です。

深刻なトラブルが発生した場合は、どのような機関に相談すればよいのか

いずれにせよ、こうした投稿を発信された場合も発信してしまったという場合も、弁護士に相談することをお勧めします。

セキュリティ通信:
SNSマーケティング以外に、ECサイト、フリーランスと企業の契約などで深刻なトラブルが発生した場合は、どのような機関に相談すればよいのでしょうか?

玉井先生:
弁護士や行政書士への相談は高額な料金がかかるというイメージを持たれる方もいますが、実際には、初回は無料で受ける事務所も多くあります。

また、国によって設立された「法テラス」では、無料法律相談や弁護士司法書士費用の立て替えもありますので、事態が深刻化する前に相談しましょう。

ただ、せっかく私たち行政書士や弁護士が相談の依頼を受けても、最初に交わされた契約書の内容が著しく不利だった場合には、依頼者が望むような結果が得られないケースもあるので、「将来紛争が起きるとダメージが大きいな」という契約については、事前に専門家に相談することが重要です。

全世代の得意分野を融合させることでWeb業界はもっと面白くなる。

今後の事業展開や展望

セキュリティ通信:
今後の事業展開や展望があれば教えてください。

玉井先生:
Webマーケティングと法務という今まで培ってきた技術を生かして、Web業界に携わる人みんなが「気持ちよく働く仕組み作り」のお手伝いができたらと考えています。

法務の観点から業界をみた場合、不動産業界では膨大な契約書のサンプルや判例がありますが、Web業界は歴史が浅く、契約書サンプルや判例は非常に少ないといえるでしょう。

でも、判例だけでは対応できないからこその面白さと、やりがいがあると思います。

セキュリティ通信:
Web業界は、長年にわたってシステム開発を担ってきた50代以上から10代以下の子どもまで、さまざまな世代が携わっています。「予防法務」も含めて、それぞれの世代が意識すべきことはありますか?

玉井先生:
私は幼い頃からインターネットが利用できる環境で育った世代ですが「今の若い人はデジタルリテラシーがある」と言われると少し違和感があります。

確かに、スマートフォンやパソコンの操作には慣れているので「アプリを瞬間的に理解して使いこなす」「この2つの機能を掛け合わせたら100倍早くなる」といった感覚や能力は他の世代より優れているのかもしれません。

でも、「この投稿をすると名誉毀損で訴えられるかもしれない」「このサイトは、個人情報保護の観点から問題がありそうだ」という「デジタルリテラシー」が高いとはいえないでしょう。

「予防法務」も含めて、それぞれの世代が意識すべきこと

Googleが世界的な企業へ成長したのも、最高経営責任者(CEO)や会長を務めたエリック・エマーソン・シュミット(現66歳)の尽力があったからこそではないでしょうか。

上の世代の方々がシステム開発を通じて、長い年月をかけて培った調整能力や危機管理能力に、私たちが持つデジタル機器に対する瞬発力や柔軟な発想を融合させることでより良い未来が開けると信じています。

終わりに

「予防法務」の理解が必要不可欠

key point

・スピードが重視されるWeb業界では、プロジェクトが先行し、いざという時の紛争に対応できないケースが多い。

・Web業界の実務と法務に精通した専門家が必要。

・請負契約では、後々トラブルになりそうな内容を明確にし契約書や仕様書に必ず記載する。

・ECサイトの運営では「特定商取引法に基づく表記」と「個人情報保護法」の取扱いに注意する。

・「違法な投稿」によって名誉毀損罪(刑法230条)が成立した場合、投稿の削除要請だけでなく、告訴や民事訴訟による損害賠償請求が可能。

・事態が深刻化する前に行政書士や弁護士など専門家に相談する。

いかがでしたでしょうか?

インターネット技術の発達により、企業だけでなく個人のビジネスツールとして、SNSやホームページ、ECサイトを運営する時代になりました。

Web業界では、副業やフリーランスとしてフレキシブルな働き方をする人が増えています。

IT黎明期を駆け抜けた50代以上から10代以下の子どもまで、全ての世代が快適に業務を遂行するためには、法的なトラブルを未然に防ぐ「予防法務」の理解が必要不可欠といえるでしょう。

そのためにも、事前に契約書または電子契約書や覚書を交わすことをおすすめします。

もし、手続きなどで分からないことがあれば、プロジェクトが開始する前に、行政書士や弁護士など専門家に必ず相談しましょう。

intervieweeプロフィール

玉井秀明氏

玉井秀明

行政書士
 登録番号:21080905
 東京都行政書士会|港支部

会社名 style-shift行政書士事務所
HP https://style-shift.law/

経歴
2018年1月に合同会社style-shift(旧名合同会社CRYSTAL)を起業し、webマーケティング・webディレクションに従事。マーケティングコンサルタントとして、広告戦略の策定、サブスクリプションのKPI設計などを通じて、様々な業界で中小企業のweb戦略をサポート。

2020年、美容サロン・美容室のコンサルティング・DX支援事業の株式会社MITAXIAに参画。店舗専門のマーケティング支援事業の合同会社goaico創業。2021年、style-shift行政書士事務所開所。

TEXT:セキュリティ通信 編集部
PHOTO:iStock

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