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「サイバー攻撃の脅威から身を守る」情報セキュリティ教育の最前線とは

トピックス 2022.03.11 「サイバー攻撃の脅威から身を守る」情報セキュリティ教育の最前線とは

セキュリティ通信では、Web・IT業界をリードするスペシャリストの方々にインタビューを行っています。

4回目となる今回は、サイバー犯罪から社会を守るため「AIを用いた防犯システム」の最前線で活動を続ける文教大学情報学部の池辺正典教授からお話をお伺いしました。

世界的なデジタル化が加速するなかで、サイバー犯罪に対応するセキュリティ人材の不足が懸念されています。

経済産業省の調査で、2030年にはセキュリティをはじめとするIT人材の不足数が最大で約79万人になるという試算が出されました。

このような状況のなかで、池辺教授が所属する文教大学情報学部では、実践的なカリキュラムを通じたセキュリティ人材の育成を行っています。

池辺教授のインタビューは全4回にわたってお送りしてきました。

最終回となる今回は、コロナ禍で加速するGIGAスクール構想の現状と課題、文教大学情報学部における「プロジェクト演習」など課題解決型の実践的なセキュリティ教育についてご教授いただきます。

教育現場におけるスタンダードは「一人一台端末と高速大容量ネットワーク」今後の課題は「情報倫理教育」

教育現場におけるスタンダードは「一人一台端末と高速大容量ネットワーク」

セキュリティ通信:
これまでのインタビューでは、SNSに起因する児童性被害の現状と課題、犯罪を抑止するために活躍するサイバー防犯ボランティアについてお伺いしてきました。今後、学校におけるIT教育はどのように変わっていくのでしょうか?

池辺教授:
学校教育における大きなトレンドのひとつは、2020年8月、原則として禁じてきた中学生によるスマートフォンや携帯電話の学校への持ち込みを「条件付きで認める」と文部科学省が全国の教育委員会に通知したことです。

ただし、小中学校とも「原則として禁止」は維持しつつ、生徒が自らを律することができるようなルールを学校、生徒、保護者で協力して作るなど4つの条件を満たすことが求められました。

今後の学校におけるIT教育に変化について

文部科学省からの通知を受けて、各学校が持ち込みの条件について検討している最中にコロナ禍で「GIGAスクール構想」が加速。タブレット端末の普及が先行し、小中学校では、ルールを守る仕組み作りなどの対応に追われています。

セキュリティ通信:
1人1台のタブレット端末と高速大容量の通信ネットワークは子どもにとっては嬉しいですが、教育現場では課題も多いのではないでしょうか?

池辺教授:
教育する側は、最初に「タブレット端末を授業でどのように役立てるか」「どのアプリを利用するのが有効か」などを検討するでしょう。

その次の段階では、子ども達の利用に対して、インターネット接続時にはフィルタリングをかけるのか、アプリのインストール権限を持たせるのかなどの課題が生じます。

教育現場では課題について

小学校低学年であれば、フィルタリングやアプリのインストール管理などが必要になりますが、高学年に対しても同じように利用制限をかけてしまうと情報取得の自由を奪うことにもなりかねません。

そういった観点から、これからの教育現場では、情報セキュリティをはじめとする「情報倫理教育」が新たな課題となるでしょう。

実際に「GIGA端末導入にあたって情報セキュリティ教育を進めたい」という多くの要望をいただいています。

学生には文系理系にとらわれない多様な分野でセキュリティを担う人材になってほしい。

学生には文系理系にとらわれない多様な分野でセキュリティを担う人材になってほしい。

セキュリティ通信:
情報倫理や情報セキュリティ教育では、インターネットを利用するリスクや実際の被害について話をされるのでしょうか?

池辺教授:
もちろんリスクについても伝えますが、情報端末を利用することで得られるプラスの効果は無限にあります。

ですから、子ども達に対する情報セキュリティ教育は、過度に怖がらせるのではなく「より良く使用するために、どうリスクを回避するか」に焦点を当てることが重要になるのではないでしょうか。

例えば、ゼミナールの学生による「サイバー防犯ボランティア」では、警察のお手伝いをしながら大学生による講義によって情報セキュリティの大切さを知ってもらいます。

そういった活動を通じて、学生や子ども達が情報セキュリティに興味を抱き、専門的な分野に踏み込むきっかけになってくれたら嬉しいですね。

子ども達に対する情報セキュリティ教育について

セキュリティ通信:
現在、あらゆる分野でセキュリティ人材が不足しているなかで素晴らしい試みだと思います。池辺先生が所属する文教大学情報学部においてもセキュリティ人材の育成に取り組まれているのでしょうか?

池辺教授:
セキュリティ人材といっても、ソフトウェアの開発やネットワーク構築だけでなく、企業のセキュリティコンサルタントなど幅広い分野があります。

文教大学情報学部は「日本初の情報学部」であり、理系・文系に限定されない広い視野で物事を考えることができるようになるための「文理融合の学部」として、1980年(昭和55年)に創設されました。

文教大学情報学部におけるセキュリティ人材の育成

そのため、教員の専門は情報工学だけでなく、社会学、経営学など多岐に渡り、学科も「情報システム学科」「情報社会学科」「メディア表現学科」と3つのカテゴリーに分かれています。

学生には、システム開発やプログラミング、Webデザイン、CG、CAD、映像など個々の専門的な能力を磨きながら、それぞれの分野でセキュリティを担う人材として社会に貢献してくれたら、これほど喜ばしいことはありません。

「実践的なセキュリティ教育で培った技術」と「斬新な発想」でサイバー空間の脅威に立ち向かう学生の挑戦。

「実践的なセキュリティ教育で培った技術」と「斬新な発想」でサイバー空間の脅威に立ち向かう学生の挑戦。

セキュリティ通信:
日本におけるセキュリティ人材の不足が懸念されるなかで、学生の活躍に期待するばかりです。池辺先生のゼミナールではどのような指導をされていますか?

池辺教授:
今年はコロナ禍でオンラインになりましたが、ゼミナールの学生は、CTF(Capture The Flag)と呼ばれるIT技術を駆使してセキュリティ関連の問題を解く競技会に出場するなどしています。

神奈川県警察が主催するCTF神奈川では、大学生だけでなく高校生が参加することもあります。

この競技会では、警察、行政機関、サイバー防犯ボランティアが選手として出場し、IT関連企業、学術機関などが問題作成を手掛けます。

仲間たちと競い合いながらサイバー攻撃に対処する技術を習得できるので、実践的な情報セキュリティ教育として非常に有効ではないでしょうか。

池辺先生のゼミナールでの指導について

セキュリティ通信:
CTFの参加は、学生にとって貴重な機会になりそうですね。学生を指導する時に意識していることがあれば教えてください。

池辺教授:
こちらから一方的に指導するのではなく「IPA(標準型攻撃)のどこが問題なのか」「ランサムウェアの脅威とはどのようなものだろうか」など自ら課題を発見し解決するように促しています。

例えば「ランサムウェアを深く知るためにバーチャルでパソコンを立ち上げてウイルスに感染させてみました」と嬉しそうに話す学生には「一体どこからウイルスをもらってきたのか」と驚くとともに、斬新な発想に感心したものです。

また、標準型攻撃メールの自動生成を1年間続けてきた学生が「人間が作成した文章より本物らしくて全く見分けがつかなくなりました」と言っていたのは印象的でした。

学生を指導する時に意識していることについて

セキュリティ通信:
私たちには想像もつかない斬新な発想が生まれる背景には、最近の学生が生まれた時から情報機器に囲まれていたという環境要因だけでなく、学校教育の影響もあるのでしょうか?

池辺教授:
2014年に文部科学省が定めた学習指導要領の中に「受け身ではなく、自ら能動的に学びに向かうよう設計された教授・学習法」を意味する「アクティブラーニング」という言葉が盛り込まれたことで、今の学生は双方向の授業が当たり前になっています。

例えば、私が所属する情報システム学科では、2~3年生全員が5~6名編成のチームに分かれ「社会の問題解決のためのテーマ」を学生自らが設定し、約1年間かけて計画的にプロジェクトを進行する「プロジェクト演習」を開催してきました。

この「プロジェクト演習」の面白いところは、一般的に大学のゼミナールは、1人の教員に対して10~20人程度の学生で進められますが、3人の教員が30人、6チームの学生を同時に指導するところです。

「プロジェクト演習」について

教員のうち2人は質問や相談を受けますが、もう1人の教員は意地悪なクライアント役。

学生のプロジェクトに対して「ドキュメントが全然できていない」「これではシステムとして成立しない」など厳しい指摘を受けることで、現場における大人との実践的なコミュニケーションを学んでいきます。

1年間のプロジェクト演習と就職活動を終えた学生から「企業の面接官はゼミナールの先生と違って優しかった。私の話を最後まで一生懸命聞いてくれた」という言葉を聞いた時には、苦笑いするとともに、教育の成果を実感しました。

教育現場における変革の最中に発生したコロナ禍。情熱にあふれた先生と変化を恐れない学生が切り開く未来。

教育現場における変革の最中に発生したコロナ禍。情熱にあふれた先生と変化を恐れない学生が切り開く未来。

セキュリティ通信:
現在の大学をはじめとする教育現場には、大きな変革が起こっているのですね。今回のコロナ禍で「通学できないにも関わらず同額の学費を負担しなければいけないのか」という保護者の意見もありましたが、先生方はオンライン授業をどのように感じているのでしょうか?

池辺教授:
子を持つ親として保護者のお気持ちはよく分かります。ただ、大学の授業のオンライン化により、ハイブリット化やオンラインコンテンツの充実のために、対面授業の時よりも授業準備に時間が掛かっていることもあります。

「通学できないにも関わらず同額の学費を負担しなければいけないのか」という保護者の意見について

そのような現状ですから、長引くコロナ禍で教員の間でも「オンライン疲れ」が広がっているのが現状です。

セキュリティ通信:
コロナ禍のオンライン授業で先生方にも大きな負担がかかっているのですね。オンライン授業で学生に変化はありましたか?

池辺教授:
最近、ゼミナールの3年生に研究室まで荷物の運搬をお願いしたところ「初めて研究室に入りました」と言っていました。

確かに、今の3年生はゼミナール開始からずっとオンラインですから当然なのですが、コロナ前の大学生活では考えられないことです。

オンライン授業における学生の変化について

そういった環境ではありますが、日頃の授業やプロジェクト演習に熱心に取り組み、分かりやすい資料の作成、画面越しでも相手に完璧に伝える技術など「オンラインでのハイスペックなプレゼン能力」という他の学年にはない特殊能力を身につけてくれました。

その一方で、危惧していることは、対面できないことで学生に対する心のケアが十分に行き届かないことです。

本来であれば、優秀な成績を修めているはずの学生の単位取得状況が思わしくないケースが増えているので、引き続きフォローをしていきたいと思います。そして、大学での最終目標である「学位」の取得まで到達して頂きたいと考えています。

終わりに

教育現場では専門的な分野に踏み込むきっかけを提供することが大切

key points

・新型コロナウイルスの影響により「GIGAスクール構想」が加速し、小中学校では「1人1台端末」と「高速大容量の通信ネットワーク」が普及

・子どもの端末利用に対して、フィルタリングやインストール権限の有無など年齢に応じたルールを守る仕組み作りと情報倫理教育が今後の課題

・文教大学情報学部は1980年(昭和55年)に創設された「日本初の情報学部」。文理融合学部として、あらゆる分野におけるセキュリティ人材の育成に注力している。

・警察、行政機関、サイバー防犯ボランティアが選手として出場し、IT関連企業、学術機関などが問題作成を手掛けるCTF(Capture The Flag) への参加はセキュリティ知識の習得と技術向上に最適

・2014年の学習指導要領に「アクティブラーニング」という言葉が盛り込まれたことで、今の学生は双方向授業が当たり前になり、大学の授業にも大きな変革が求められた。

・文教大学情報学部における課題解決型の「プロジェクト演習」では、実際のクライアントを想定した実践的なコミュニケーション能力や技術を習得することができる。

・コロナ禍で「オンラインに特化した高度なプレゼン能力」を持った学生が増えている。

・その一方で、本来は優秀な学生がコロナ禍で卒業できないケースも増えているので、引き続き心のケアが重要。

いかがでしたでしょうか?

世界的な情報技術の発達は、子どもをとり巻く環境を大きく変えました。

かつての子どもは、図鑑や本、DVDなど保護者が与えた情報環境で過ごしてきましたが、現在は、インターネットを駆使して、保護者の観測が及ばない広い世界から情報を取得できます。

このような変化は、子どもにとって無限の可能性を秘めている一方で、児童ポルノや児童売春など悪質な性犯罪のリスクと隣り合わせであることを忘れてはいけません。

子どもが安全に情報を取得するためには、保護者自身が情報セキュリティに関する知識をアップデートするとともに「サイバー防犯ボランティア」など社会全体で子どもを守る意識と体制が必要です。

また、教育現場では「より良く使うためにリスクを回避する」という観点から「情報倫理教育」を徹底し、クイズやゲームなど身近なコンテンツを通じて「情報セキュリティ」興味を抱き、専門的な分野に踏み込むきっかけを提供することが大切なのではないでしょうか。

今回は文教大学情報学部における取り組みを中心にご紹介しましたが、多くの大学でアクティブ・ラーニングの手法を用いた課題解決型の学習方法が行われています。

情報倫理教に関する盤石な知識を身につけ、課題解決能力を磨いてきた子ども達は、エンジニアとして最前線でウイルスソフト開発やネットワーク構築を行うだけでなく、金融、医療、教育、小売などあらゆる分野で情報セキュリティを担う人材として活躍することでしょう。

intervieweeプロフィール

池辺正典教授

池辺正典

文教大学情報学部情報システム学科教授

インターネットの違法有害情報を収集・分析し、サイバー空間の浄化活動を支援するためのシステムの提供を行うプロジェクトを推進。

近隣の小中学校に向けて警察と連携したサイバー防犯教室開催などの活動が評価され、2019年10月には「安全安心なまちづくり関係功労者」として内閣総理大臣表彰を授与。地方自治体や警察と連携し「SNSに起因する児童ポルノ、児童買春、重要犯罪等」から児童を守る。

経歴:
関西大学大学院総合情報学研究科博士後期課程修了/文教大学情報学部情報システム学科専任講師/同准教授を経て現職

文教大学サイバー防犯ボランティア代表/情報システム学会理事

専門分野:
ウェブ情報学/サービス情報学/子ども学(子ども環境学)

研究キーワード:
Webマイニング/情報システム開発/サイバー防犯ボランティア/違法有害情報対策/行政評価/地域情報化

社会貢献活動:
・東京都 インターネット広告 監修2021/04-2022/03
・茅ヶ崎市地域情報化計画 中間評価報告書 有識者評価担当2018/10-2019/02

TEXT:セキュリティ通信 編集部
PHOTO:iStock

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